菊花の契り

原作:雨月物語「菊花の契り」
詞/曲:千山ユキ
【あらすじ】
上田秋成による江戸時代の怪奇小説「雨月物語」。その中の『菊花の契り』に深く感銘を受けた小泉八雲は、自著の中で『約束』として再話しています。
播磨国に住む学者・丈部左門(はせべさもん)は、病で行き倒れていた武士・赤穴宗右衛門(あかなそうえもん)を救った事がきっかけとなり、義兄弟の契りを結びます。
やがて「重陽の節句に必ず戻る」そう告げて故郷へ旅立った赤穴でしたが、その誓いは思いもよらぬ方法で守られるのでした・・・。
2026年6月20日 遊絃楽舎公演「怪談」にて初演 (東京日暮里・延命院)
龍笛/佐藤愛美 琵琶/千山ユキ
サブタイトルは「守られた約束」。怪談の怖さよりも義兄弟の情の深さが際立つ物語。
「死んでも尚約束を果す」、まさにこの言葉通りの振る舞いで無念ながらも散って行った赤穴。最後は、博士(武士ではないのに!)の左門が、義兄の為に刀を持ち、仇討ちを成し遂げます。
今回は15分程度の楽曲に収める必要があったので、残念ながら物語の後半は琵琶曲にできませんでした。いつか2段目として「左門の敵討」も創作してみたいと思っています。
毒饅頭(どくまんじゅう)ー清正公と秀頼殿ー

詞・薩摩琵琶正派歌詞集
詞(編集)・千山ユキ
曲・千山 ユキ
【あらすじ】
熊本藩初代藩主・熊本城築城で知られる加藤清正。家康と秀頼公の会見の場における、清正公の豊臣への忠義心を描いたお話。
慶長16年(1611)、家康と秀頼の二条城の会見を仲介したのが清正らの武将でした。その会見の際、秀頼、清正、浅野幸長、池田輝政に饅頭が出されましたが、饅頭には毒針でも刺したような針穴が開いていたそうです。清正は家康に怪しまれることを恐れ、不信感を抱きつつも饅頭を食べたとあり、これが元で身体を壊したとも伝わっています。
薩摩琵琶歌における豊臣秀頼の描写は、史実とは異なり、特に年齢設定に大きな違いが見られます。これは、薩摩琵琶歌が歴史的事実を伝えるというより、むしろ徳川幕府を刺激しないよう、また物語としての教訓や美談を強調するために創作された逸話に基づいている為。主な違いは、秀頼の年齢。秀頼は大坂夏の陣で豊臣家が滅亡した際、享年二十三歳でした。
2026年1月24日 熊本公演「旅する琵琶」にて初演 (熊本市・香福寺)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
「旅する琵琶の会」というソロプロジェクトでの演奏ご依頼。
熊本の香福寺様よりお声がけいただき、初めて訪れる熊本の地。熊本藩初代藩主・熊本城築城で知られる加藤清正公について、今回はたくさん学ばせて頂きました。薩摩琵琶正派歌詞集を元に、鶴田流琵琶の節で構成、秀頼公と清正公のあたたかな主従の絆を歌う一曲に仕上げました。
演奏会前には熊本城の復興の様子を歩きながら眺め、演奏会後はゆっくり城内を観覧しました。また訪れてみたい熊本です。
海士(あま) ー志度寺縁起よりー

詞/曲:千山ユキ
参考:
能楽「海士」詞章
浄瑠璃
『花上野誉の石碑』
幸若舞「大職冠」
【あらすじ】
今から千三百年程前。唐より賜った宝物を乗せた船が志度浦にさしかかると、三つの宝物のうち「面向不背(めんこうふはい)の玉」は竜神に奪われてしまいました。
藤原不比等は宝玉奪還の為、身分を隠して志度へ。
海女と契り、一子房前をもうけます。数年後、不比等は素性を明かし、玉の奪還を海女に頼みます。
高貴な夫の身分に驚いた海女ですが、「玉を取り返す代わりに、我が子房前を藤原家の跡取りにしてください」とつげ、竜宮へ向かいました。
貧富の差が激しく、庶民の生活は貧しく苦しい時代。我が子の晴れやかな行く末の為に命をかけた、一人の母の物語。
初演:2025年4月 香川県高松市志度 「志度湾より 語るは平家 悲喜交々」
(主催:一般社団法人スタイルジャパン 共催:さん木会 協賛:さぬき市商工会)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
2025年4月に香川県の高松市・志度にて演奏の機会に恵まれました。
薩摩琵琶の詞章は大雑把に言い切って仕舞えば、七五調の文語体です。様々試行錯誤の結果、海人が命をかけて向かった竜宮城の場面を崩れで表現しています。
ー崩れ詞章 抜粋ー
腰に布綱剣を抜き こぼるる涙打払い いざ竜宮へ飛び入りぬ
潮の流水(るすい)つきぬれば
楼門黄金に輝きて 玉塔遥にそびえたち 守護龍居並び隙もなし
ー後語り 詞章 抜粋ー
房前の浦に吹きゆく潮風に 母の御愛身に沁(そ)みて
冥路漂う海女人を いざ弔わん志 祈りをささぐ手向け草
琵琶で歌われる曲は哀しく無常感にあふれていますが、人を弔う、慈しむ心を歌う楽曲でもあると考えています(異論はあることでしょう)。「今も昔も変わらない普遍的な情感」が主題となっているのだなあ・・と感じられる琵琶曲の一面です。こういったところからご興味をお持ちいただけましたら幸いです。
修羅と浄土 ー奥州藤原氏平泉興国 清衡願文ノ抄ー

詞/曲:千山ユキ
参考:
奥州藤原三代の栄華と没落
武光誠・著 河出書房
「奥州後三年記」
「吾妻鏡」
「仏説阿弥陀経」
「日本往生極楽記」
慶滋保胤・著
平泉関連WEBサイト
【あらすじ】
戦乱が続く奥州に生きる人々と、 儚く散っていった沢山の命。 長きに渡る戦の末に奥州の覇者となったのは、 奥州藤原氏の祖である藤原清衡でした。
清衡は奥州全土の平和と繁栄を願い、 失われた全ての命を極楽浄土へ導くために、 仏教都市平泉を作りました。
三代に渡って平泉は栄えますが、 義経を庇護したことから、 中央政権を静観し続けることはできなくなりました。
四代泰衡の代には義経一 行が衣川で最後を遂げ、 文治五年 (1189年) 頼朝がついに平泉へ進軍、 百年もの間続いた藤原氏の栄華は途絶えました。 数々の伝説や寺院 ・ 史跡と平泉の豊かな自然に、 私たちは今も、奥州藤原氏の平和への願いを感じることができます。
この琵琶曲では、奥州藤原氏の祖清衡がなぜ平泉へ仏国土を開こうと思ったのか、という点に焦点をあてました。
初演:2025年10月 世界遺産登録10周年記念「いわて世界遺産まつりin釜石」(岩手県釜石市)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
岩手県政150周年・世界遺産登録10周年記念「いわて世界遺産まつり」にてご披露させて頂きました。
「音で感じる世界遺産」というテーマでの演奏ということで、故郷岩手県の平泉についての楽曲を創作。小さな頃から足繁く通っていた中尊寺や毛越寺ですが、改めてその歴史を学びつつ、奥州藤原氏が築いた仏国土平泉・平和への願いを琵琶歌としてお届けしました。
ー詞章抜粋ー
供養の願ひ深くして 散りにし数多の命をば
仇(かたき)味方も平等に 導き弔い給うべし
皆金色の仏国土 永劫(えいごう)光に 満ち満ちて
この地を清め奥州に 永き安寧もたらさん
尊き祈りを受け継がん
またいつか、平泉や岩手の地でこの曲のご披露が叶いましたら嬉しく思います。
おしら様 ー遠野物語よりー

詞/曲:千山ユキ
参考:
「聽耳草紙」
佐々木喜善・著
「馬娘婚姻譚」
「遠野物語」
柳田國男・著
【あらすじ】
柳田国男の遠野物語で知られている「おしらさま」。
馬娘婚姻譚(ばじょうこんいんたん)あるいは養蚕の起源(オシラサマ信仰)として、中国や日本に広く伝わる民話・伝説の一つです。
馬と人間の娘が恋をして結ばれるという、悲しく不思議なお話ではありますが、登場する葦毛の馬・蚕・娘など、神秘的な雰囲気をもつ物語でもあります。現在も遠野をはじめとして各地の家に祀られている双神の不思議な神様「おしら様」は、禍福の両側面を持ち、神でもあり仏でもあると言われます。そんな「おしら様」蚕神のはじまりの物語を、このたび琵琶曲に仕立てました。
※佐々木喜善の『聴耳草紙』第一一五話が、より養蚕起源の物語となっています。
初演:2026年5月 第5回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋 水道ギャラリー)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
2025年秋から二度遠野を訪れ、遠野の言葉で話される物語を聴き、琵琶曲への変換をいろいろと試みた結果ですが、ふるさと岩手の訛りを琵琶曲に取り入れたいという試みが、今回は少しばかり実現しています。
「語られなければ残らないもの」は、声や抑揚として聞こえてくる言葉だけではなく、生活の苦難や幸せ、自然の厳しさや恩恵なども含んでいます。
ネガティブもポジティブも全て飲み込んで「暮らす・生きる」人の強さが物語にすっかり溶け込んでいて、それを昔から当たり前のように皆さんが受け止めていて、なんだか遠野物語は優しいな、と思いました。
遠野で語り部さんのお話を聞く機会は色々とあるようですが、年に1回開催の「とおの語り部まつり」では存分に味わえます。ぜひ。
建礼門院徳子 ー平家物語 灌頂の巻よりー

詞/曲:千山ユキ
参考:
「新日本古典文学大系」
親鸞集 「浄土和讃」
平家物語 長門本 巻二十
小原御幸 能楽 詞章
今藤政太郎作品集六―京
「建礼門院」
西行 和歌全集
【あらすじ】
文治元年(1185年)5月1日、壇の浦でただ一人生き残った建礼門院(平徳子)。
一門の菩提を弔うために出家を決意、御布施として差し出したのは、先帝・我が子安徳天皇が最後まで身に付けていた御直衣(おのうし・天皇や皇族が着用した日常着)でした。
かつての栄華(十六歳での皇后立后・豊かで平安な日々)を回想する場面から始まるこの「平家物語 灌頂の巻」は、栄耀栄華の頂点からの転落、愛する者たちとの壮絶な別れを経て、やがて仏の道にすがる建礼門院の姿とその胸の内が、静かに語られます。
自身の過酷な半生はまさに、仏教の「六道」全てを巡るものであったと語る建礼門院。仏教の因果応報の教えからすれば、この悲劇は逃れられない人間の無常です。
一方、一人の女性のひときわ深い悲しみが語られるのは、我が子、そして母を失った壇の浦の場面。あまりにも過酷な運命を受け入れ、一門の菩提を弔うことに余生を捧げた建礼門院。その深い祈りは自らの命が尽きるまで続いたのでした。
初演:2025年9月 第4回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋 水道ギャラリー)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
※語りと琵琶で上演:2026年7月 「語りと琵琶の会」(東京・江戸川橋 水道ギャラリー)
語り/平山ヤエ 薩摩琵琶演奏/千山ユキ
灌頂(かんじょう)とは、本来は仏教で頭頂に水を注ぎ、悟りの位に達したことを証明する儀式のこと。平家物語のこの巻は、平家一門に祈りを捧げ、物語を浄化して締めくくる役割を担っているとも言われています。
琵琶曲中には西行の和歌
捨て難き 思いなれども捨てて出でむ 真(まこと)の道ぞ真(まこと)なるべき
を引用しています。
また、寂光院で祈りの日々を送る建礼門院が少しでも報われていたら良いな・・というほんの少しの気持ちから、後語りは下記の詞章で締めくくっています。
琵琶曲詞章ー抜粋ー
いにしへも 夢になりにし事なれば
暮れのしじまに 鐘の音の
涙しほるる墨染の 深き祈りは水底に
散華となりて 降りたもう
蒼海波(そうがいは) ー藤原師長の秘曲譲りー

詞/曲:千山ユキ
参考:
保元物語
十訓抄 四の八
「珠玉百歌仙」塚本邦雄・著
【あらすじ】
塚本邦雄氏の「珠玉百歌仙」という本に載っていた和歌がきっかけとなり、創作した一曲。この琵琶曲の主人公藤原師長は、平安時代末期の公卿です。父・頼長が崇徳上皇と手を結んで保元の乱を起こし敗死したため、連座して師長は流罪に処されました。
藤原師長が大物(今の兵庫県芦屋市)という所に留まっていた折、源惟守が最後の見送りにやって来ます。
師長は「お前は情けがあり、ここまで来てくれただけでありがたい」と言って、青海波(雅楽曲・詳細不明)の秘曲を授け、その楽譜の奥付に歌を書きました。
教えおく 形見を深くしのばなむ 身は青海の 波に流るる
※意味 わたしが教えたこの曲を忘れるな。この曲の如く大海に漂い、たとえわが身が青海の波に沈むとしても。秘曲を譲り受けた源惟守は、涙にむせびながら帰っていったのでした。
初演:2024年7月 第2回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋 水道ギャラリー)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
この時師長は19歳。土佐に流される折、彼の琵琶と箏を慕って家人になった源惟盛との別れの歌がなんとも胸に響きます。
原文では「青海波(せいがいは)の秘曲の琴柱(ことぢ)たつることなど教へ侍りて、そのよしの譜かきてたまふとて、奥にかきつけて侍りける」とあります。今日限りの別れ、明日をも知れぬ我が身でありながら、音楽で心通わせる2人が凄まじくも美しい場面。
雅楽の歴史上、博雅三位源博雅と並ぶ平安時代を代表する音楽家として有名な藤原師長は、妙音菩薩(弁才天)を篤く信仰していたことから「妙音院」という号を持っていました。
特に箏や琵琶の名手として知られ、神楽・声明・朗詠・今様・催馬楽など、あらゆる分野に精通していたそうです。
十五夜 ー狂言月見座頭よりー

詞/曲:千山ユキ
参考:狂言 月見座頭
【あらすじ】
冒頭「眼に宿れる月の影」〜と始まる楽曲。
座頭の彼は目が見えない。けれども、秋風と虫の音と、夜の風の匂いなんかで月見をしている。
ー詞章 抜粋ー
去るほどに 月見の友に行き逢ひて
和楽すること且つ深し 歌が止みては杯をあげ
舞が止みては詩を吟ず 見えぬものこそ違えども
いとど楽しき 夜は更け行く
偶然行き合った御仁との楽しい月見。気分よく帰路についたはずの座頭の身に、まさかの出来事が起こります。(先ほどまで楽しく宴を共にしていた男が、目の見えない座頭をからかおうと意地悪をしかけたのです。)目の見えない座頭は、意地悪の張本人が先ほどの月見の友と同一人物だということがわかりません。こんなこともあるものだ、と立ち上がり再び歩き出すのでした。
初演:2024年10月 第2回狂言と琵琶を楽しむ会「酒と泪と男と女」 (京都・大光寺)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
たとえ目が開いていたとしても、なかなか人の心の本当のところは見えません。
本心、というものに確かさなどなく、月の満ち欠けのように、己に向かう光の方向によって簡単に変わってしまうものなのかも知れません。
切なさとやりきれなさが残る物語ですが、どうにもならない困り事を月夜が優しく包み込むような琵琶曲にしてみました。
崩れが少ない琵琶曲ですが、「十五夜」の琵琶の手として、虫の声や宴の陽気さを交えた愉快な琵琶の手を創作しています。
五頭龍と弁財天 ー江ノ島縁起よりー

詞/曲:千山ユキ
参考:江島縁起
能楽 「江野島」詞章
『日本往生極楽記』第31
『今昔物語集』巻第13第17
【あらすじ】
江島縁起(えのしまえんぎ)を元に創作した琵琶曲。今から1500年前。雷光が天に鳴り渡り、岩山が海より浮かみ出で、一つの島が生まれました。そこへ現れたのは美しき天女(弁財天)。
一方その頃、鎌倉深沢に住まう五頭(ごず)の悪竜王は、田畑を荒らし村の子供を食べるなど、悪逆非道の行いで村人を苦しめていました。その悪竜がなんと天女に一目惚れ。恋心を天女へ伝えたところ、過去の罪を悔い改めない限り相手にしないと突き放されます。諦められない竜王は「己の命を削ってでも悔い改める」と天女に誓うのでした。
ー詞章抜粋ー
哀れなるかな五頭竜よ 汝が罪業いかにせん
願いが叶うはただ一つ 悪心捨て去り給うべし
慚愧の涙は雨となり 夜を日を馳せつ 悔やみなん
五頭龍己が過ちを 猛省し
いかで罪咎廻りきて 己の命を削るとも
悔い改めてこの地をば 守りて民人救いける
龍王天女に誓いけり
晴れて夫婦となった五頭龍と天女。竜王は村人を守る事で自らの誓いを守り抜きますが、やがて力つきます。その後自ら山(龍口山)となり、今も人々と天女(弁財天)がいる江の島を見守っているそうです。
初演:2024年11月 第三回狂言と琵琶を楽しむ会「江ノ島編」 (神奈川県藤沢市・本蓮寺)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
スケールの大きなお話ですが、めでたしめでたしで仕舞いの一曲となりました。
行いを悔い改め、日照りの時は雨を降らし、津波から村を守るなど献身的な行いを続けた竜王は、やがて国土守護の善神となり、竜口明神と崇められるようになりました。これが現在の竜口山と言われます。
調べる中で、この和歌も取り入れたいなあ・・と考えましたが、琵琶曲の詞章は必要な言葉を選び抜かなくてはいけません。そういう理由から、詞章の捨て案が山のようにあるのですが、いつかそれもまた実を結ぶ事でしょう。
参考までに掲載。
・江ノ島や さして塩路に 跡たるる 神は誓の 深きなるべし (海道記 作者未詳)
【意味】神がとくにこの海の中の江の島と決めて仮の姿で現れたのは、衆生(しゅじょう)を救おうという誓願が海のように深いからだろう。
桃太郎討伐

詞/曲:千山ユキ
原作:
「鬼桃太郎」尾崎紅葉作
参考:
岩手県西磐井郡平泉町
子守唄より
【あらすじ】
原作は1891(明治24)年出版の尾崎紅葉作「鬼桃太郎」。鬼ヶ島で苦桃から生まれた一丈五尺(曲尺=約4m55㎝)の青鬼、その名も苦桃太郎が主役です。
苦桃太郎は、かつて鬼ヶ島を滅ぼした桃太郎を討伐すべく、早速鬼ヶ島を出立。程なく、突然の嵐と共にやってきた毒竜に遭遇します。「私の眷族の蛇どもは、かの桃太郎が家臣なる雉子の一類の為に食べられてしまった。いかにもしてこの恨みを返さばや!」と毒竜は瞋恚の炎がめらめらです。
さらに犬の強敵(ごうてき)の狼、猿の首領(かしら)大狒を加えて、桃太郎の三郎党よろしく苦桃一味が揃い踏みとなりました。※桃太郎の吉備団子に対してこちらは髑髏一つで主従の契りを結んでいます。
さて、ここで毒竜は「おれ飛行術持ってる!あっという間に日本だよ!」と言い雲を吐き出したので、4名は意気揚々とその黄雲に乗って日本へと向かうのですが・・・。
初演:2025年2月 第3回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋)
※2026年5月「狂言と琵琶を楽しむ会」東京・江戸川橋にて、狂言の河田全休氏と琵琶の弾き語りでも上演。
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
尾崎紅葉作「鬼桃太郎」を元に創作した、愉快な琵琶曲。
まずとにかく原作が面白いのでおすすめです。原文の言葉のリズムも楽しいです。
小さなお子様も大人も楽しめる琵琶曲を作りたいなあ・・というところから始まった創作、初演時は小学生の男の子が「とっても面白かった!」とわざわざ伝えに来てくれて、気分がふんわりしました。ありがとうございます。2026年は「狂言と琵琶を楽しむ会」にて、狂言と琵琶のコラボ演出も試みました。またブラッシュアップしたこの演目をご覧いただける日が来ると良いなと思います。
鬼やらい ー蓬莱ヨリ来リテ女人ヲ恋フル鬼ノ語ー

詞/曲:千山ユキ
参考:
狂言「節分」詞章
【あらすじ】
蓬莱の島より節分の日に日本へやってきた鬼。亭主が留守の家とわかって女の元へやってきます。度々戸口で追い払われますが諦めません。さらに女の姿を見て一目惚れした鬼(漢の楊貴妃か小野小町か・・・!どうやら女房は絶世の美女だったようです)は、いよいよ女を自分のものにしようと言い寄ります。往生際の悪い鬼に呆れて怒り心頭の女房。ここで良い策を思いつきます。
ー詞章 抜粋ー
ああ腹立ちや 腹立ちや 女と思うて色々の
鬼と思うて容赦せぬ さればいっぱい食わしめて
打ちでの小槌に隠れ蓑 蓬莱の 宝を全ていただかん
女は鬼をやりこめて、まんまと鬼の持つ宝の小槌を奪い、豆を囃して鬼を払うのでした。
初演:初演:2025年2月 第3回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
「追儺(ついな・おにやらい)」とは、平安時代の朝廷の年中行事の一つ。弓や矛を地面に打ちつけ、鬼を払ったそうです。日本では706年頃に初めて行われ、社寺・民間へと伝わり、後には節分の夜に豆をまいて災を払う行事となったとのこと。
夫の留守を狙って家を尋ねる鬼がなんともいやらしすぎるのですが、妻が気丈で策士という小気味よいお話。
一夜婚礼(ひとよのこんれい)

詞/曲:千山ユキ
参考:
化物婚礼絵巻序文
十返舎一九『化物の娵入』
「長唄」寿
【あらすじ】
百鬼夜行さながら、化け物たちのめでたき婚礼模様。
見合イ結納衣装二化粧、嫁入リ道具ト大行列、婚礼盃キ安産酒宴、一夜の婚礼日ノ出ニ逃散、千秋萬歳寳入船。人間さながらの人生模様を一夜にして繰り広げる妖怪たちの物語。琵琶小曲として構成。
ー詞章 抜粋ー
結納品には縁起物 のし付き狸に帯錦
白無垢打掛誂えて 角(つの)を隠し紅さして
赤鬼一つ目ろくろ首 嫁入り行列先導し
盃かわし祝膳(いわいぜん)帯の儀安産 産声を聞く
鯛を囲んで歌えや舞え
お宮参りは粛々と 四世和合の道 あらざるはなし
目出度い&愉快な小曲を作りたいと思って創作した一曲。
初演:初演:2025年2月 第3回旅する琵琶の会 (東京・江戸川橋)
薩摩琵琶演奏/千山ユキ
参考とさせていただいた巻や草子は現在WEBで閲覧可能です。
十返舎一九の『化物の娵入』は結構しっかり化け物らしき絵柄。迫力があります。絵巻の方はもう少しユーモラスで可愛らしいです。百鬼夜行のパロディか、笑という厄払いか。
今では人間界でもなかなか執り行われない婚礼行事が詞章でも語られますが、世代によってはその言葉すら聞き馴染みが無いかもしれません。次は絵巻をみながらお聞きいただく機会があっても良いかもしれませんね。
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