琵琶には教則本がありませんが

今年に入って、撥使いを基礎からやり直し始めました。
語りの為の身体の整え方にも真剣に取り組み始めました。
あと、この本を全部読めるようになりたいと思って始めた勉強がきちんと続いています。
Alexander McQueen: Savage Beauty (Fashion Studies)

ところで基礎とはなんなのでしょうか。演奏技術の「確かさを支えるもの」とでも言うのでしょうか、または「安定感」とも?あるいは思った通りの演奏を可能にするための「道具」とも言いましょうか・・。

私などが語れるものではありませんが、最近それが一体どうやったら得られるのか、ピアノやヴァイオリンのような教則本などない琵琶と言う芸事を学ぶ身として、深く考える日々です。

まずは、最も地味で退屈な、「考えてやってみて反省して」の繰り返し。そこの「時間」や「量」だけに安心することなく、続けられたら最高です。

それから、初めての挑戦、本番の舞台。そこからしか学べないこともあります。時々そうやって自分を鼓舞して行きたいものです。

あとは何より、先生と向いあうということ。

稽古中の先生とは「自分の全てを隅々まで映し出してしまう大きな鏡」のような存在ですから、そこに映ったものを直視することが一番の学びだったりもします。稽古とは素晴らしいものですね。

そんなわけで、結局あれこれ訓練方法を考える道中、もう一つの勉強を始めて早一ヶ月がたちました。今更の英語です。スピーキング能力を上げるために最初の最初からやり直しているのですが、不思議と面白くてやめられません。

スピーキングは話す力の前に聞き取れる力、これは語りや歌を学ぶ時と同じですね。

言葉の組み立て、成り立ちを理解する力、これは曲全体の構造を理解する時と一緒。

結局なんでも繋がっています。少しづつですが、続けること。本当にそれだけです。とは言いつつも、いつか琵琶をお教えできる日が来たら役に立ちそうなこと、教則本的なもの、そんなものを考えてもおります。そのための英語でもあります。

あ、なんだか偉そうなことを書いてしまいました。なんと言いますか、忘備録です。

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